社会 - 世の中への疑問、読書空間

社会に出て不条理な出来事を経験したことのある方は少なくないと思います。私もその中の1人に漏れません。私が経験したことを記事に残していきたいと思います。そして読者の皆様がそれを反面教師としてよりよき人生を歩んでいただければ幸いです。

輝く人 – 証券会社主催のセミナーに参加して

輝く人 – 証券会社のセミナーに参加して

先日とある証券会社主催の投資セミナーに参加した。

参加者の平均年齢は50~60代くらいだろうと思うが、なかに70代と思われるようなかたもいらっしゃった。

熱心に講演を聞き、メモを取っていた。

その姿を後方より拝見し、「個人投資家はカッコいい」と素直に感じいった。

投資というテーマで、頭と手を使うことで人としてしっかりとした印象を私に与えてくれた。

人は考えることで年齢関係なく輝くことができると実感させていただいた。

感謝。

FX – アドバイザーも「やっぱり為替はわからない…」

先日、大手証券会社の投資セミナーに出席した。
米国株、日本株、FX、債券などの分野に分かれ、各分野のアドバイザーから20~40分程度の講演をしていただいた。

講演を通じて感じたことは、やはりFXは将来予測に不確定要素大きく、投機であるということ。
セミナー講師は、自信たっぷりとレートのグラフを〇〇のグラフと一致させて説明されていたが、根拠となるデータの数が複数あるので、そのレートの移り変わりに適当に合うものをみつけて、根拠をあてはめて説明しているという感じ。

しかし、後半のパネルディスカッションでは別の方が「いや、私はやっぱり為替はわからないと思います」と。

いや、正直な気持ちだと思う。

私もFXでは過去痛い目に遭っており、それからFXを完全に辞し、株式投資家に変更してきた経緯がある。ハラハラする感覚を味わいたいのならFXであるが、堅実に投資をしたいのなら株式という構図は今でも変わらない。

FXは”底なし沼”という感覚は今でももっている。

しかし、講演者たちは笑いあり、愛嬌あり、そして投資家たちを愛してくれているという感覚が我々にも感じ取れ有意義な時間であったことは変わりない。

投資家も豊かになり、証券会社も潤うような関係はとても望ましい。

最後に教訓としても書くが、やはり為替は底なし沼の投機であるということは肝に銘じたい。

親子関係 – 子は親の所有物と解する母親

親子関係 – 子は親の所有物と解する母親

「あなたは、私がおなかを痛めて産んだ子だから、私の言う通りにしなさい」
「あなたは、私がおなかを痛めて産んだんだから、私の物(所有物)よ」

上記のように露骨に表現する母親がいる。

人間の母親は、時に、勘違いをする。

自然の世界では、子供が独り立ちできるように親は子に生きる方法を教えるが、人間は、極端な文学愛好家が好む『愛情』というもので、子供を呪縛に追い込む。

自立的思考をもった子供もそうでない子供も、人間的愛情が青年期以降も強制的に受けることで、枷をはめられた人生を送ることとなる。

自分で選択肢を選ぶことができず、歪んだ、そう、歪んだ性格が形作られる。

”親という存在が業であり、子を作るという行為も業である”と真剣に考える子供は少なくない。

生きる屍とは文字通り、そういった子供のことを指す。

「親を赦す必要はない」

この言葉に幾度助けられたことか。

親を赦す必要はない、それ以上何もしなくてもよい、と。

WordPress – プラグイン 私のおススメ一覧

WordPress に導入したいプラグインを分野別に記します。

 

SEO 関係

  • 「All in One SEO」:SEO関係の一般的な設定ができる。抜粋文は最低限入力。

 

セキュリティ関係

  • 「All In One WP Security」:セキュリティ関係の一般的な設定ができる。辞書攻撃、ファイアーウォール、強制ログイン、adminアドレスの変更。
  • 「wpDiscuz」:本来はコメント用のプラグインであるが、wpDiscuz を導入することでスパムコメントを防ぐこともできる。別にスパムコメント用のプラグインを導入する必要ない。

 

文章編集 関係

  • 「Classic Editor」:ブロックエディタではなく、昔ながらの編集画面で記事執筆が可能。
  • 「Simple Sitemap」:アルファベット順に自動で記事を表示してくれるサイトマップ作成プラグイン。
  • 「Revision Control」:リビジョン保存数の制限ができる。私はゼロに設定。

 

あまり多く入れるとサイト表示が遅くなるので、最低限の数だけ導入することが望ましいです。

大学 – 研究室の選び方

大学 – 研究室の選び方

大学の4回生(大学ではなぜか「4年生」とは呼ばず、「4回生」という言い方をする)では研究室に所属して卒業論文を書くことになる。
一部の学部、法学部では卒業論文はなくゼミナール形式で卒業資格を判断する学校もある。

しかし、一般的には研究室に所属して、講師や准教授、教授などに教えを請いながら卒業論文を仕上げることになる。

ここで、どういった基準で研究室を選んだらよいかということを記載してみる。

 

1.就職実績で選ぶ

就職をしたい学生は、教授がどの分野の第一人者か調べること。
企業勤務経験がある教授は、ものわかりが良いケースが多いため、比較的相談に乗ってもらいやすい。
逆に、アカデミック一辺倒できた教授は、就職音痴。こういった教授にあたると、かなりの確率で悲惨な目に遭う。

2.学閥で選ぶ

教授の出身校や他校の先生らとどれくらいパイプを持っているかを判断材料とする。
大学院に進学したい場合、これがものをいう。
学歴ロンダリングしたい場合は、自校より高ランクの学校を卒業している教授の研究室に所属すると、修士課程に進む場合、口利きをしてくれる場合が(まれに)ある。

3.面倒見のよさで選ぶ

特に自校出身の教授に多いのが、生徒への面倒見の良さである。
やはり教授の出身校の学生を教えるにあたって、愛着がわき、親切丁寧に勉強を指導してくれるケースが多い。
逆に、私立大学に赴任した国公立大学出身の教授は、学生を馬鹿にする。特に旧帝国大学系列出身の教授は、私立大学の学生を下にみる傾向が強い。授業中でも露骨に見下した発言をする教授がいる。

4.友達がいくから…で選ぶ

そういう学生は、楽しき学生ライフをエンジョイできる。

 

自分が、大学を卒業してどうなりたいかで、所属研究室を選ぶのがまず前提。
そこを外さなければ、たとえ面倒な教授にあたったとしても、我慢してやっていける。

世界の民話 -『食べない女』- 零を求めるがあまり害を被る男

『食べない女』世界の民話と伝説 9より
著者:浜田広介 等編
出版者:さ・え・ら書房
出版年月日:昭和36

https://dl.ndl.go.jp/pid/1632966/1/45

 

零を求めるがあまり害を被る男

女房を娶るにいたって、「飯を食わない女なら娶ってもよい」と公言していた男に、「食べない女」が嫁いでくる。しかし、それは男を食うために女に化けた鬼だった。

生活を切り詰めるのに、食費を削ったり、睡眠時間を削って勉強をするというのは健康を害する。
健康体の心身あってこその人生だからである。

出費はゼロで利を得ようとすると、結局、そのために溜まった歪が爆発して自分自身に返ってくる。

必要なものは必要経費として出費しているか考えたい。

食事、睡眠時間、健康のための自己投資。
また、不必要なものは買わないことも重要。
例えば、ファストフード品ややインスタントものを体に摂りいれてもそれは害になる。

健康的自由の礎は、食事と運動と睡眠、そしてストレスフリーの環境。

これらが必要最低限満たされているか自分の生活時間を見直したい。

自己像 – 客観的視点

人からみられた印象が自分のあるべき姿かもしれない。

私はこれまでに
・海上自衛官
・経営者 or 管理職
・学校の教諭
・医師
に見間違われたことがある。

実際に従事している仕事は、みられた印象とはかけ離れたもので、社会的信用などないに等しい。
そして自分に満足できている状態ではない。

現実は厳しいものだと思いながら、見間違われた職業や人となりに従って、人生の選択を決定してもいいのではないかと思うようになった。

もし、自分の選択肢を決めることができないでいれば、誰かに自分の印象を教えてもらい、それをきっかけにしてもよいのではと…。

魏延の行為は許されるべきか?【三國志】諸葛亮が魏延を断罪しようとした件について

諸葛亮が長沙の将軍魏延の頸を刎ねよと命じ、劉備が制止した。

魏延は、関羽と戦い敗れた黄忠を長沙太守韓玄が断罪しようと試みた矢先、憤慨し、韓玄を切った。

それを長年使えた主君に対する裏切り行為だとして諸葛亮は諫めた。

私は、魏延の行為は理解できるし、諸葛亮の処分もわかるが、乱世の時代、愚かな主君を見限ることは当然のことだと思う。

まして、韓玄が黄忠に下した内容は不遜であり、不義理な行為ともいえる。

それを魏延は実力で成敗し、義に厚いと言われる劉備に長沙を開け渡したのだ。

現在の日本の就業状況は、韓玄のような上司が往々にして社内にはびこり、左遷されず、いいご身分で安穏と口を糊している。

社会人になれば子供時代のように軽々しく喧嘩もできない。

それをいいことに、愚鈍な大人たちは、保身を第一行動原理に置き、部下たちを将棋の駒のように使い、捨て去る。

私は、魏延のふるまいに、全面的に賛同しているわけではないが、感じ入ることができる。

粉飾決済をしても上場廃止にならず、刑事訴訟にもなりかねない社会問題を引き起こした会社でも営業活動を続けることができるこの日本社会に、大きな歪みが潜んでいると思う。

雇用関係 – 利益相反関係

FXをしている人は、お客さんとFX会社が利益相反関係にあることはご存じだと思う。

つまり、お客が儲かればFX会社は損をし、FX会社が損をすればFX会社は儲かるというビジネスモデルとなっている。

これは、雇用関係に似ていると感じた。

つまり、労働者が儲けよう(給料を多くもらう)とすれば雇用者は費用としての出費を増やさなければならないし、雇用者が内部留保や自身の給与を挙げようとすれば、労働者に渡す給与額を増やしてはならない。

こういうことを考えると、雇用し雇用されることはなんと不条理な事かと思う。

どちらかが犠牲にならなければならない。

私自身、なぜこうも転職を繰り返すのかと思うと、この利益相反関係が性に合わないからだということにようやく気付いた。

「企業戦士」という言葉は懐かしいが、自分を押し殺して企業の歯車となって働くと、若いうちはよいが、年を取ってくると心身の健康を害してくるようになった。

その先には、死期が早まるという結果しかない。

なんのために生まれてきたのか?

企業の歯車となるためか?

そんなことなら生まれてこなければよかった。

それでも天意によりこの地に生を享けたからには、なにかしらの仕事をしなければならない。

しかし、その仕事は、だれかの利己的な利益のためであってはならない。

地球自然界を含めて、広い視野をもって、何かの対象に対して仕事をすればよい。

 

利益相反関係は労働者のような潜在的弱者が将来的にはつぶされる関係のことである。